はじめに
分類研究会の前身,微生物の化学分類の勉強会が発足してから20年の年月が流れた.この冊子に資料として添付されている研究会の開催記録,発表演題記録から,いかに多くの方々が多様な微生物の分類の研究をしてきたかを知ることが出来る.研究会の発足当時からかかわってきたものの一人として感慨深いものがある.この機会にこの研究会の設立の背景と発展の経緯について述べてみたい.なお,私の個人的なことにわたる点があることをお許し願いたい.
1953年,東京大学に応用微生物研究所が設立され,分類・保存部門(第三研究部)が設けられた.この部門の目的は,種々の観点から微生物の性格づけを行い,それぞれの微生物の類縁を明らかにし,それを体系づけ,微生物分類学を確立することである
(19).わが国で,独立した微生物分類学の研究室が設けられたのはきわめてまれなことである.当時,いわゆる黄変米が社会的な問題となり,研究部もあげて穀類の微生物学的研究を行うことになった.私もこの問題にかかわり,米籾の内部にきわめて多数の細菌が存在することを認めた.さらに,石油や天然ガスに関する微生物学的研究をとおして多種類の好気性細菌に出会うことになった.しかし,その頃の細菌の分類学的研究は同定の域を脱することができず,もっぱら細胞形態,グラム染色,鞭毛染色,糖からの酸の生成,炭素化合物の資化性などを調べていた.
1960年,私は,味の素株式会社中央研究所に勤務することになった.さいわい良い研究環境と優れた共同研究者に恵まれ,広い範囲の微生物の分類学的研究を行うことができた.なかでも,グルタミン酸生産菌を含むコリネフォルム細菌は,表現形質だけでは同定することができず,その分類・同定は難渋をきわめていた.1962年,山田和彦さんがわれわれの研究室にこられ,このコリネフォルム細菌の分類学的研究にたずさわることになった.山田さんは,生化学が専門で,いままでの表現形質に基づく分類に疑問をもち,これからは物質レベルの研究をしなければならないといって,コリネフォルム細菌の細胞壁の分析を行った.さらに,自らフォトメ−タと温度制御のポンプを組み合わせてDNAの塩基組成の測定装置を組み立てた.しかし,自動的に温度をコントロールできないので,何分かおきにレギュレーターを調節しなければならなかった.そのころ,米国製の装置は500万円ぐらいしたと記憶している.山田さんは,この自製の測定装置を用いて多数のコリネフォルム細菌のDNA塩基組成を測定した.私の研究のなかで,この研究が微生物の化学分類学的研究の最初である.山田さんは,1972年,コリネフォルム細菌を細胞分裂の様式,DNAの塩基組成,細胞壁の主要アミノ酸を組み合わせたフレームワークを発表し,あわせてコリネフォルム細菌の属の概念を明らかにした
(24).このフレームの性状に,新たな性状が加わりコリネフォルム細菌の属の概念が次第に明らかになった.山田さんの組み立てたDNAの塩基組成測定装置は,その後も研究室の中瀬崇さんが酵母の分類学的研究に用いた.中瀬さんは,500株にもおよぶ酵母のDNAの塩基組成を測定した.これは,当時知られていた酵母の種の80%近くに相当するもので,個人でこれだけのDNAの塩基組成を測定した例は未だかってない.味の素(株)中央研究所に在籍したのは8年ほどであったが,この間,化学分類学的視点から運動性球菌などの分類学的研究も行った.
図1. Yamada, K. & Komagata, K. (1972)によるcoryneform bacteriaのグルーピング (24)

第1回国際微生物株保存会議
1968年,味の素(株)中央研究所を退職し,東京大学の応用微生物研究所の古巣の第三研究部に戻ることになった.そして,1968年10月,東京において第1回の国際微生物株保存会議(The
First International Conference on Culture Collections,ICCC-1)が開催された(11).そのさい,微生物の分類に関するいくつかのシンポジウムがあり,その一つは化学分類にかかわるものであった.これがわが国で開催された化学分類に関する最初の会合と思われるので,演者と演題をつぎに記すことにする.
Symposium B. edited by Yukinori Tsunematu
N. Ueta, I, Ishizuka, and T. Yamakawa
Gas chromatographic grouping of bacteria
Koei Shioiri-Nakano and Ichiro Tadokoro
Sugar and fatty acid composition of hemolytic streptococci
T. Suto, M. Minato, S. Ishibashi, R. Azuma, and K. Ogimoto
Gas chromatography as an aid for differentiation of strict anaerobes
Tadasi Arai, Yasumasa Koyama, and Junpei Koike
Infrared spectrophotometry of Actinomycetes in relation to oil seal
preservation
H. Takahashi and H. Saito
Genetic relatedness in several species of bacteria studied by the
DNA-DNA and DNA-ribosomal RNA hybridization methods
R. R. Colwell
Polyphasic taxonomy of bacteria
上記の演題からすでにわが国の化学分類学の研究に様々な手法が用いられていたことが理解できよう.現在,微生物分類学分野で頻繁に用いられているpolyphasic
taxonomy(多相分類学)は当時米国のGeorgetown Universityの助教授であったColwell, R. R. 博士がこのシンポジュムではじめて用いた言葉である.この会議の直後,彼女からICCC-1で最も興味があったのは日本の研究者による脂肪酸組成の研究であったという手紙がとどいた.
微生物の化学分類の勉強会
東大の応用微生物研究所に戻ったものの,大学紛争のため研究どころではなかった.この間,当時家畜衛生試験場におられた須藤恒二先生のところにときどき寄せて頂き,菌体脂肪酸組成の研究や分類学についてのご教示を賜った.ようやく紛争も終わり,研究ができるようになった.研究費を全部集めて島津のガスクロマトグラフィーを購入し,須藤先生のご指導のもとメタノール資化性細菌とPseudomonasの脂肪酸組成を測定し,1978年に報文にまとめることができた.しだいに,大学院院生や研究生の人たちの数も増え,微生物分類学の勉強会を研究室内だけでなく,他大学の研究室とともに合同勉強会を開くようになった.
そのうち,微生物分類学に興味をもつ人たちが集まって勉強会を開こうという機運が生まれ,須藤先生,倉石衍先生の肝いりで1980年10月箱根で第1回の微生物の化学分類の勉強会が開かれた.この会は,学会のような形式にとらわれず,自由闊達な討論を旨とした.また,海外の研究者に比べ,われわれの発表は未熟なところがあるので,これをブラシュアップする場にし,さらに,泊まり込みで自由な意見の交換をしようというのが当時の人たちの意気込みであった.
微生物の化学分類の研究会は,1980年の第1回から1983年の第3回まで続いたが,勉強会では企業からの出張がむずかしいという声もあって,1985年の第4回から名称を化学分類研究会と改めた.さらに,広い範囲の微生物と新しい研究手法を討論の対象とすることが計られ,1995年の第15回の研究会から,名称を微生物分類研究会と改めた.
化学分類学
化学分類学(chemotaxonomy)という言葉はいつから微生物分類学に用いられるようになったのであろうか.十分ではないが,手許の資料で調べてみた.1976年,
Smith, P. M.が著したThe chemotaxonomy of plants (18)によれば,もともと化学分類学は植物学の分野で生まれたものと考えられる.1930年前後から植物をその油脂や精油の組成によって分類しようという試みがなされている.1980年,Bisby
F. A.らの編集によるChemosystematics: principles and practice(4)が出版されているが,現在のような化学分類学的性状の記述は少ない.1995年,Hawksworth,
D. L.らはその著書Dictionary of fungi (10)なかで,chemotaxonomyを化学的性状を利用する分類学と定義し,その性状は広義の意味で一次代謝産物,二次代謝産物,生理学的・化学的テストを含むと述べている.英国のRaistrick,
H. グループの菌類の色素の研究(16),朝比奈先生のグループによる地衣の代謝産物の研究(2)もこの範疇に入るのであろう.
DNAの塩基組成が細菌分類学に導入されたのは1960年代であるが,この時点ではまだ化学分類学という言葉は用いられていない.1962年,英国のThe
Society for General Microbiologyは第12回シンポジウムを開催した.その主題はMicrobial classification
(1) で,20編の論文が掲載されているが,化学分類に関する論文は掲載されていない.また,1968年に開催されたICCC-1において,細菌の脂肪酸組成などと分類との関係が報告されているが,この時点においても化学分類学という言葉は見られない.1968年に出版されたCowan,
S. T.のA dictionary of microbial taxonomic usage(6)にはまだ化学分類学という言葉は見られないが,1978年に出版されたCowan,
S. T.(edited by Hill, L. R.)のA dictionary of microbial taxonomy(7)にはchemotaxonomyという項目がみられる.その定義は微生物の構造と機能の化学性状の分類学への応用と書いてあるだけで,現在の化学分類学とはすこし離れている.1981年に出版されたThe
prokaryotes (20) のなかで,Truper, H. G. & Kramer, J. は,原核生物の新しい分類学の潮流としてchemotaxonomyをあげ,その性状としてDNA
base ratio, amino acid sequence of proteins (e.g. cytochromes), DNA-DNA
& DNA-RNA homologies, ribosomal constituents, cell wall constituentsなどを記している.1983年,Schleifer,
K. H. & Stackebrandt, E. はmolecular systematics of prokaryotesという総説
(17) を発表している.1984年に出版されたBergey's manual of systematic bacteriology, vol.
1(13)には,numerical taxonomyと並んでnucleic acids in bacterial classification,
serology & chemotaxonomyという項目が見られる.そして,核酸に関しては,DNA base composition,DNA
denaturation and renaturation, RNA/DNA hybrids,chemotaxonomyに関してはcell wall
composition,lipid composition,isoprenoid quinones,cytochrome composition,amino
acid sequences of various proteins,protein profiles,enzyme characterization,fermented
product profilesという項目が見られる.その後,いくつかの成書にchemotaxonomyとchemosystematicsという言葉が見られるようになった.たとえば,1986年に出版された,Austin,
B. & Priest, F. の著したModern bacterial taxonomy(3)にはchemosystematicsという言葉がみえる.
Brock, T. D. のBiology of microorganismsは,広く微生物学の教育に用いられている優れた教科書である.そこで,いつからこの本に化学分類学に関する記述がなされたか調べてみた.驚いたことに,1970年に出版された初版にmolecular
and genetic taxonomyという言葉が用いられており,DNAの塩基組成,DNA-DNA類似度について述べられている.このことは,2版
(1974年) ,3版 (1979年) ,4版 (1984年) に踏襲されている.5版は手許にないのでわからないが,6版 (1991年) にはmolecular
taxonomic approachesという項目があり,DNAの塩基組成,DNA-DNA類似度とrRNAのシークエンスのことが簡単に述べられている.7版
(1884年), 8版 (1996年) ではMicrobial Evolution and Systematicsという章があり,domainsのことや化学分類学的性状がかなり詳しく述べられている.最新の2000年に出版された9版
(15) では,molecular taxonomyという言葉が定着している.余談であるが,この教科書は,改訂ごとに新しい知見を取り入れ,しかも頻繁に改訂しているので,信頼できるものである.
1993年には,Goodfellow, M. & O'Donnell, A. G.の編集したHandbook of new bacterial
systematics (8),1994年には同じくGoodfellow & O'Donnell, A. G.の編集したChemical
methods in prokaryotic systematics(9)が出版され,chemotaxonomyという言葉が用いられている.1994年に出版されたLogan,
N. A.のBacterial systematics(14)には細胞の構成成分とそれにかかわる化学分類学の方法が述べられている.この頃から,化学分類学という言葉が定着したものと思われる.なお,1983年,東京で開催された第3回国際菌学会議(IMC
3)で,Chemotaxonomy of yeasts and other fungiというシンポジウムがもうけられ,倉石先生がこのシンポジウムの開会の辞を,私が閉会の辞を述べた.
1965年,Zuckerkandle, E. & Pauling, L. (27) はDNA,RNA,polypeptidesが分子進化時計(molecular
evolutionary clock)の役割を演じ,これらの物質をsemantides(情報高分子)と命名し,分子系統学 (molecular
phylogenetics) の展望を示唆した.その後,5S rRNA, 16S rRNAのシークエンスの決定技術の進歩,木村資生先生の分子進化の中立説(neutral
theory of molecular evolution)(12),Woese, C. R. らのグループ (22, 23) によりそれまで進化や系統関係の明らかでなかった微生物にも新しい展望が開け,この分野の研究が飛躍的に発展した.
第1回の微生物の化学分類の勉強会が開かれたのが1980年のことであるから,この分野の研究会としては世界的にみてもかなり早い時期である.ちなみに岩波の生物学辞典の第2版(1977年)(25)には化学分類という項目は見られない.化学分類学という言葉が現れたのは第3版(1983年)(26)以降のことである.
現在,菌体脂肪酸組成,キノン組成などに関する研究をchemotaxonomyといい,DNAの塩基組成を除いた,DNA,RNAに基づく系統的な関係を研究する分野をchemosystematicsあるいはmolecular
phylogeneticsとよぶむきもある.情報高分子の情報,生命の維持に必須な物質の化学的・生化学的情報に基づく微生物の分類・相互関係を研究する学問分野を広義の微生物の化学分類学とみなすことはいかがなものであろうか.微生物分類学の初期の頃は,分類(classification),命名(nomenclature),同定(identification),系統(phylogeny)の定義もおぼつかなく,末広がりの扇子がたたまれていたような状態であったと思われる.研究が進むにつれ,この扇子は次第に開かれ,左に系統を置き,右に同定を置くならば,両端は一見無関係のように見えてくる.そして,両端に位置する研究者が互いに無関心であることが微生物分類学の進歩にとってマイナスであることはいうまでもない.
化学分類学と微生物分類学
1872年,Cohn, F.(5)は,はじめて細菌を細胞形態に基づいて分類したが,その分類群は わずか次の4群(連),6属であった.その後,細菌分類学は130年ものあいだ様々な曲折をへて,現在では980を越える属,5,200を越える種が記載されている.Truper,
H. G. & Kramer, J.(20)は,Cohn, F. の時代の細菌分類学を第1世代の分類学,生理学的性状を取り入れたOrla-Jensenの細菌分類学を第2世代の分類学,そして化学分類学を第3世代の分類学と呼んでいる.分子進化時計に基づく最近の分類学は,第4世代の分類学といえるであろう.
Cohn, F. (1972) による細菌の分類(5)
Tribus I |
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Sphaerobacteria (Kugelbacterien) |
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Gattung 1. Micrococcus char.emend. |
Tribus II |
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Microbacteria (Stabchenbacterien) |
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Gattung 2. Bacterium char. emend. |
Tribus III |
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Desmobacteria (Fadenbacterien) |
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Gattung 3. Bacillus n. g. |
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Gattung 4. Vibrio char.emend. |
Tribus IV |
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Spirobacteria (Schraubenbacterien) |
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Gattung 5. Spirillum Ehrenberg. |
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Gattung 6. Spirochaete Ehrenberg |
微生物分類学の研究で重要なことの一つは,研究の対象となる微生物の多様性である.もう一つは,研究手法が優れていることである.それぞれの微生物の詳しい研究と方法論は別の章で述べられるはずである.研究会の当初,研究対象は細菌が多かったが,次第に酵母,糸状菌,放線菌,最近ではアーケア,微細藻類と広い範囲の微生物が対象となっている.この研究会で紹介され,世界的に広まった研究手法もある.例えば,細菌の菌体脂肪酸組成の研究は世界に先駆けてなされた.また,広い範囲の微生物のキノンと分類との関係は,山田雄三先生の研究を嚆矢とするもので,わが国の研究者の成果である.ヤマサ醤油(株)で開発された核酸分解酵素を用いるDNAの塩基組成の測定法は,わが国独特のものである.DNAをヌクレオシドまたはヌクレオチドに分解し,直接HPLCで定量するので,DNAの塩基組成を間接的に測定するTm法より格段と優れており,現在世界的に広く用いられている.江崎孝行先生のphotobiotinラベルのDNA-DNA
hybridization techniqueは完全にラジオアイソトープラベルの手法と置き換わった.内田欣哉さんにより開発されたActinobacteriaの細胞壁のアシル・タイプもこの分野の細菌の分類・同定に広く用いられている.藪内英子先生と矢野郁也先生による細菌のスフィンゴ燐脂質,
スフィンゴ糖脂質の発見はSphingobacteriumとSphingomonasの設立へと発展した.この研究会は過去20年間多くの手法を包含した研究を討議してきた.従って,一つのパラメータで微生物の分類を論じた研究は少なく,いくつかのパラメータを組み合わせ,できるだけ客観的に微生物の分類を論じてきた.このことも,この研究会の特徴であり,同時にわが国の微生物分類学の優れている点である.化学分類学あるいは分子系統学は微生物分類学を大きく変えた.また,これらの研究手法が微生物の相互関係を研究するだけでなく,微生物の同定にも用いられていることは,驚くべき発展である.その意味において広義の化学分類学は微生物分類学に大きな貢献をしてきたし,これからもするであろう.まさに微生物分類学のIT革命である.
「微生物の化学分類実験法」の出版
微生物の化学分類に関心をもつ研究者が増えてきたので,文部省に科学研究費を申請したところ,昭和53年度(1978年),昭和54年度(1979年)にわたり総合研究A「微生物の化学分類に関する研究,課題番号336008」の研究助成を受けることができた.さらに,微生物の化学分類に関する実験書の出版を計画し,文部省の出版助成を申請したところ,出版助成(昭和56年度科学研究費補助金研究成果刊行費,申請番号603)が認められ,1982年「微生物の化学分類実験法」を学会出版センターから出版することができた.その内容は,細胞壁,脂質,蛋白質,核酸,免疫学的方法,熱分解法,データ解析の7部に分かれ,それぞれはさらに詳しく細分されている.本書は,化学分類の実験書として広く使用され,出版されて以来18年が経過したが,現在でも書店で見ることができる.この出版にあたって内田欣哉さんのご尽力を頂いた.
海外から研究者の招聘
この研究会では,時に応じて国内・国外から著名な研究者を招聘し,特別講演をして頂き,最新の情報の導入につとめた.また,海外からの講演者の場合は,われわれの研修を含めて発表を英語でするようにした.海外からの研究者のプロフィルを紹介する.
第2回の研究会には,当時関西医大の藪内先生の所に来日していた米国アトランタのCDCのMoss, C. W. 博士が細菌の脂肪酸組成について講演した.ガスクロマトグラフィーにキャピラリーカラムが使われた頃で,博士はそのことに触れたような記憶がある.この会は山梨の勝沼のぶどうが丘の宿泊施設を使って開催されたが,夜の懇親会ではこの施設のあらゆる酒を飲み尽くし,Moss,
C. W. 博士は自分の一生の飲み分をここで飲んだようだと述懐していた.米国に帰られてから手紙を頂いたが,そのなかに日本の若い人たちの英語に感心したと記されていた.
第3回の研究会には,当時東大の私の研究室にきていたチェコスロバキア(現在のチェコ共和国)のCzechoslovak Collection of
MicroorganismsのKocur, M. 博士にMicrococcusの分類について講演をお願いした.博士は,90キロを超える巨漢で研究室に用意した事務用のデスクではおさまらず,教授室の大きなテーブルを使っていた.その後何度も会う機会があったが,その度ごとに,東大の応微研にいた時が自分の人生にとって最も幸せであり,思い出すと涙が流れるといっていた.
第8回の研究会には,当時の東京農工大学の倉石先生,片山葉子さんのお骨折りで,ベルギーのゲント大学のDe Ley, J. 教授を招待し,細菌のsuperfamilyの講演をして頂いた.教授は,糖代謝の生化学から細菌の分類に手を染めた方で,常に新しい手法を開発するとともに,研究対象とする菌株を徹底的にカルチャーコレクションより取り寄せ,一株ごとといって良いほど,詳しい分類学上の検討を加えた論文を発表している.これらの研究に用いた菌株がベルギーの細菌のカルチャーコレクションの中核をなしているので,このコレクションの信頼度は高い.教授は先年亡くなられた.猫背の教授にお目にかかれないのはさみしいことである.
第13回の研究会には,理研の微生物系統保存施設のお世話でベルギーのDe Ley, J. 教授と同じ研究室のKersters, K. 教授を招待し,whole-cell
protein analysisと細菌の分類との関係を講演して頂いた.この研究手法は,同教授により開発されたもので,一種の蛋白質のパターン認識ともいえよう.酢酸菌をはじめ数々の細菌,酵母の分類に応用されている.同教授は,優れた研究者であるのみならず,人柄もよく,忘れがたい人である.
第15回の研究会には,東大の分生研の杉山先生のお骨折りで米国のデューク大学のVilgalys, R. 教授を招待した.同教授は,菌類の種分化を調べる方法論や種概念の現代像について講演した.さらに,ヒラタケ属(Pleurotus)
の最新の研究成果を紹介しながら,生物地理学と分子系統学の統合的アプローチが異所的不連続化 (vicariance),隔離機構,形態進化,生態的適応を含む種分化の様々な様相を理解するのに有用であることを示した.
第20回の記念研究会に招待するVandamme, P. 博士はKersters, K. 教授とともにpolyphasic taxonomyに関する優れた総説(21)を著している.そのなかで,現在用いられている化学分類学的手法の意義づけについて記されているので紹介しておく.
むすび
第1回微生物の化学分類の勉強会は,当時農林省の食糧研究所におられた加藤清昭さんのお世話で林野庁の姥子保養所で開催した.二日目の朝も勉強会を開いた.帰途,ある人が「この会はおっかない」といったのを覚えている.そのくらい熱気があった.その後もこの研究会は,常に新しい分野を開きながら今日に至っている.ちなみに,1999年のInternational
Journal of Systematic and Evolutionary Microbiologyには222編の論文が掲載されているが,そのうち32編,すなわち14.4%がわが国の研究者の投稿である.この研究会のますますの発展を期待するものである.
図2. Vandammeら (1996) による化学分類学的性状と階級との関係(21)

本稿を執筆するにあたり,倉石衍先生,杉山純多先生,小迫芳正さんから有益なご助言を頂いた.ここに記して感謝の意を表す.
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